9.誓いの儀式


 部屋の前ではアリシアが跪いていた。
 祈るように両手を組んで俯いている。
 ヘスペロスが前に立つとアリシアは顔を上げた。緊張しているのか、少し潤んだ碧い瞳が不安そうに揺れている。
 ヘスペロスは操られたように左手を差し出した。騎士に忠誠を捧げられる王のように、何となくそうするべきだと思ったのだ。

 「ありがとうございます。ご主人様」

 アリシアは囁くように言うと、差し出された手を両手で恭しく包み込んだ。ゆっくりと顔を寄せ、その艶やかな唇を手の甲に押し当てる。柔らかな感触と共に温もりが伝わり、そして消えていく。それから手を離さずに立ち上がると、顔を上げて目を閉じた。
 ヘスペロスは流れに身を任せ、顔を近づけると唇を重ねた。静かな時間がゆっくりと流れていく。やがてどちらからともなく離れると、アリシアはゆっくりと目を開いた。

 「本来は女官やメイド達が見守っている中で行うのですが、二人きりも悪くないと思います」

 アリシアはどこか満足気な表情を浮かべている。彼女がいいと言うなら、ヘスペロスとしては何の問題もない。

 「さあ、お入りになってください」

 手を繋いだままアリシアの部屋に入り、促されるまま部屋の中央で立ち止まる。アリシアはさっきと同じように、ヘスペロスの前に立って顔を見上げた。その少し上気した顔は輝くように美しかった。

 「これより、天に召されるその刻まで、私、アリシアはあなたに命を捧げます。共に生きて、共に歩み、添い遂げる事を誓います」

 アリシアの高く澄んだ声が二人だけの部屋に朗々と響く。それからアリシアは少し背伸びをすると、再びヘスペロスと唇を重ねた。それからヘスペロスを潤んだ瞳で見つめ、微かに首を横に振った。

 「いいえ、天に召されても誓いは変わりません。運命の神が時の終わりを告げ、世界の理が綻ぶ日が来ても、アリシアは常にあなたと共にいます。決して離れる事はありません」

 ヘスペロスはアリシアのほっそりした身体をギュッと抱きしめた。

 「私も誓おう。あらゆる苦難からお前を守り、死が二人を引き裂こうとも、いつも傍にいる」
 「ありがとうございます。私、とても幸せです。ああ、私のご主人様……」

 アリシアが倒れ込むように身体を預けてきたので、そのまま横抱きにしてベッドまで運んだ。部屋着のガウンを脱ぎ捨て、そのまま覆いかぶさる。アリシアの甘く清らかな匂いがヘスペロスを包み込み、理性を溶かしていく。肌が密着して、伝わってくる温もりと柔らかな肌触りが心地よい。しかし経験が無いので、この後何をしていいのか良く分からない。人付き合いが疎遠なAHには珍しくないが、別世界の人間であるアリシアが理解しているはずもない。

 「アリシア、済まないが任せてもいいだろうか?もう少し勉強して……」
 「大丈夫ですよ。ご主人様。私も初めてですが、女官達からしっかり教わりました。お任せください」

 アリシアは優しく微笑むと、身体の位置を入れ替えてヘスペロスの上に跨った。羞恥のためか白い肌が少し紅潮している。恥ずかしそうな表情と上気した顔が艶っぽい。

 「それでは失礼します」

 今度はアリシアが覆いかぶさってきた。柔らかな舌がヘスペロスの肌に触れる。優しく丁寧な愛撫が続き、少しずつ官能が高まっていく。
 月光色の髪が肩から滑り落ちて肌をくすぐった。絹のような肌触りが心地良い。アリシアの動きに合わせて、時折豊かな胸が触れるのも愛おしかった。抱きしめたかったが、邪魔をしてはいけないと思い、頭を撫でるのに止めた。アリシアは愛撫を止めなかったが、こちらを見て微笑んでいる。

 「では準備しましょう」

 アリシアは顔を上げ、身体を下の方にずらすと再びうずくまった。今度は強い快楽を感じて目を閉じた。そうしないと果ててしまいそうな気がしたのだ。アリシアも初めてのはずだが、随分と練習したのだろう。それは自分でするのとは比較にならないほど気持ちがよく、あまり我慢できそうになかった。

 「アリシア、済まないが……」
 「んんっ……申し訳ありません。一度お鎮めいたしますか?」

 上品な物言いだが、何となく意味は伝わってきた。だがヘスペロスは、と言うよりAHは旧人類より性的な能力が劣っているらしい。つまり何度も出来るとは限らないし、今日は大事な儀式なので失敗する訳にはいかない。互いが一つになって、初めて儀式が完了するのだから。

 「いいんだ。それより早くアリシアを私の正式なオダリスクにしたい。誓いの言葉を守れるように……」
 「ご主人様……ありがとうございます。とても嬉しいです。お会いできて本当に良かった」

 アリシアの瞳が光ったように見えたが、はっきりとは分からない。理知的な女性なので、感情を露にする事は少ない。

 「そのままお待ちください」


 アリシアはヘスペロスの腰の辺りで跨って膝立ちになった。それからヘスペロス自身に手を添えると、ゆっくりと腰を下ろしていく。痛いらしく目を伏せて耐えているようだ。それでも躊躇せず、ゆっくりと腰を沈めていく。少しだが血が流れているのが見えた。

 「起き上がって抱きしめて頂けますか?」

 ヘスペロスはアリシアの言う通りに、半身を上げてアリシアをギュッと抱きしめた。対面座位と言う体位だろう。アリシアの世界で何というかは知らないが。

 「もうしばらくお待ち頂けますか?痛みが治まったら動きますので……」
 「いや、その必要はない。何もしなくても出てしまうだろう」

 最初なので締め付けが凄く、耐えるだけで大変だった。

 「だからもう少しこのままで……」
 「はい、かしこまりました」

 アリシアの身体はほっそりとしているのに柔らかく心地よかった。互いに強く抱き合うとそれだけで幸せな気分になった。だが、それも長くは続けられない。ヘスペロスはすぐに耐えられなくなり、アリシアをギュッと抱きしめた。

 「アリシア、そろろそろだ」
 「はい、ご主人様。くださいませ」

 刹那の快楽が訪れ、やがて潮が引くように消えていった。二人はしばらくの間じっとしていたが、互いの温もりだけはしっかりと感じていた。

 「これで正式に、私はあなたのオダリスクです」

 アリシアの表情は新妻のような恥じらいを見せつつも、どこか誇らしげだった。

 「どうか末永く可愛がってくださいませ」

 アリシアはそう言うと、甘えるようにヘスペロスの胸に頬を寄せた。
 


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