部屋の前ではアリシアが跪いていた。
祈るように両手を組んで俯いている。
ヘスペロスが前に立つとアリシアは顔を上げた。緊張しているのか、少し潤んだ碧い瞳が不安そうに揺れている。
ヘスペロスは操られたように左手を差し出した。騎士に忠誠を捧げられる王のように、何となくそうするべきだと思ったのだ。
「ありがとうございます。ご主人様」
アリシアは囁くように言うと、差し出された手を両手で恭しく包み込んだ。ゆっくりと顔を寄せ、その艶やかな唇を手の甲に押し当てる。柔らかな感触と共に温もりが伝わり、そして消えていく。それから手を離さずに立ち上がると、顔を上げて目を閉じた。
ヘスペロスは流れに身を任せ、顔を近づけると唇を重ねた。静かな時間がゆっくりと流れていく。やがてどちらからともなく離れると、アリシアはゆっくりと目を開いた。
「本来は女官やメイド達が見守っている中で行うのですが、二人きりも悪くないと思います」
アリシアはどこか満足気な表情を浮かべている。彼女がいいと言うなら、ヘスペロスとしては何の問題もない。
「さあ、お入りになってください」
手を繋いだままアリシアの部屋に入り、促されるまま部屋の中央で立ち止まる。アリシアはさっきと同じように、ヘスペロスの前に立って顔を見上げた。その少し上気した顔は輝くように美しかった。
「これより、天に召されるその刻まで、私、アリシアはあなたに命を捧げます。共に生きて、共に歩み、添い遂げる事を誓います」
アリシアの高く澄んだ声が二人だけの部屋に朗々と響く。それからアリシアは少し背伸びをすると、再びヘスペロスと唇を重ねた。それからヘスペロスを潤んだ瞳で見つめ、微かに首を横に振った。
「いいえ、天に召されても誓いは変わりません。運命の神が時の終わりを告げ、世界の理が綻ぶ日が来ても、アリシアは常にあなたと共にいます。決して離れる事はありません」
ヘスペロスはアリシアのほっそりした身体をギュッと抱きしめた。
「私も誓おう。あらゆる苦難からお前を守り、死が二人を引き裂こうとも、いつも傍にいる」
「ありがとうございます。私、とても幸せです。ああ、私のご主人様……」
アリシアが倒れ込むように身体を預けてきたので、そのまま横抱きにしてベッドまで運んだ。部屋着のガウンを脱ぎ捨て、そのまま覆いかぶさる。アリシアの甘く清らかな匂いがヘスペロスを包み込み、理性を溶かしていく。肌が密着して、伝わってくる温もりと柔らかな肌触りが心地よい。しかし経験が無いので、この後何をしていいのか良く分からない。人付き合いが疎遠なAHには珍しくないが、別世界の人間であるアリシアが理解しているはずもない。
「アリシア、済まないが任せてもいいだろうか?もう少し勉強して……」
「大丈夫ですよ。ご主人様。私も初めてですが、女官達からしっかり教わりました。お任せください」
アリシアは優しく微笑むと、身体の位置を入れ替えてヘスペロスの上に跨った。羞恥のためか白い肌が少し紅潮している。恥ずかしそうな表情と上気した顔が艶っぽい。
「それでは失礼します」
今度はアリシアが覆いかぶさってきた。柔らかな舌がヘスペロスの肌に触れる。優しく丁寧な愛撫が続き、少しずつ官能が高まっていく。
月光色の髪が肩から滑り落ちて肌をくすぐった。絹のような肌触りが心地良い。アリシアの動きに合わせて、時折豊かな胸が触れるのも愛おしかった。抱きしめたかったが、邪魔をしてはいけないと思い、頭を撫でるのに止めた。アリシアは愛撫を止めなかったが、こちらを見て微笑んでいる。
「では準備しましょう」
アリシアは顔を上げ、身体を下の方にずらすと再びうずくまった。今度は強い快楽を感じて目を閉じた。そうしないと果ててしまいそうな気がしたのだ。アリシアも初めてのはずだが、随分と練習したのだろう。それは自分でするのとは比較にならないほど気持ちがよく、あまり我慢できそうになかった。
「アリシア、済まないが……」
「んんっ……申し訳ありません。一度お鎮めいたしますか?」
上品な物言いだが、何となく意味は伝わってきた。だがヘスペロスは、と言うよりAHは旧人類より性的な能力が劣っているらしい。つまり何度も出来るとは限らないし、今日は大事な儀式なので失敗する訳にはいかない。互いが一つになって、初めて儀式が完了するのだから。
「いいんだ。それより早くアリシアを私の正式なオダリスクにしたい。誓いの言葉を守れるように……」
「ご主人様……ありがとうございます。とても嬉しいです。お会いできて本当に良かった」
アリシアの瞳が光ったように見えたが、はっきりとは分からない。理知的な女性なので、感情を露にする事は少ない。
「そのままお待ちください」
アリシアはヘスペロスの腰の辺りで跨って膝立ちになった。それからヘスペロス自身に手を添えると、ゆっくりと腰を下ろしていく。痛いらしく目を伏せて耐えているようだ。それでも躊躇せず、ゆっくりと腰を沈めていく。少しだが血が流れているのが見えた。
「起き上がって抱きしめて頂けますか?」
ヘスペロスはアリシアの言う通りに、半身を上げてアリシアをギュッと抱きしめた。対面座位と言う体位だろう。アリシアの世界で何というかは知らないが。
「もうしばらくお待ち頂けますか?痛みが治まったら動きますので……」
「いや、その必要はない。何もしなくても出てしまうだろう」
最初なので締め付けが凄く、耐えるだけで大変だった。
「だからもう少しこのままで……」
「はい、かしこまりました」
アリシアの身体はほっそりとしているのに柔らかく心地よかった。互いに強く抱き合うとそれだけで幸せな気分になった。だが、それも長くは続けられない。ヘスペロスはすぐに耐えられなくなり、アリシアをギュッと抱きしめた。
「アリシア、そろろそろだ」
「はい、ご主人様。くださいませ」
刹那の快楽が訪れ、やがて潮が引くように消えていった。二人はしばらくの間じっとしていたが、互いの温もりだけはしっかりと感じていた。
「これで正式に、私はあなたのオダリスクです」
アリシアの表情は新妻のような恥じらいを見せつつも、どこか誇らしげだった。
「どうか末永く可愛がってくださいませ」
アリシアはそう言うと、甘えるようにヘスペロスの胸に頬を寄せた。