遺跡に残されたバロウ博士の研究の成果は興味深いものであったが、研究の行き詰まりを感じさせるものでもあった。人間の脳の結線情報を複製すれば、相応の結果は得られるだろう。だが、中身が理解できないので、それ以上の進歩は難しそうだ。この世界の管理者であるAAIのように、人間を超える知性の域に到達するには、別のアプローチが必要だろう。 しかし、AAIがいかにして生み出されたか、その情報は失われていて、AAIの管理するアーカイブには残されていない。
「ご主人様、残りの資料はこちらにまとめておきました」
アリシアの美しい声に、ヘスペロスの意識の流れは途切れた。アリシアの足元には一連のシリーズらしき似通った装丁の本が積み上げられている。
ヘスペロスは近づくと一番上の本を手に取った。
-ダンネマン 大自然科学史 1【1】
銀色の活字でそう記載されている。どうやら科学史の書籍らしい。10巻以上もある膨大な資料だ。研究資料ではなく研究所の蔵書だろう。コンピュータの発明に関わる科学の歴史も記載されていそうだ。始まりから追ってみるのも良い方法かもしれない。
「コンピュータの歴史を調べてみたい。ここに積まれている資料は役に立ちそうだ」
「かしこまりました。お手伝いします」
ヘスペロスはアリシアの言葉に頷くと、さらに別の本の山に手を伸ばした。手に取った本の製本は科学史の書籍に比べると簡易的に感じられた。
-技術エッセイ 計算する機械
不思議なタイトルだが、中をざっと見るとコンピュータの歴史に関連した内容が記されているようだ。バロウ博士達もコンピュータの歴史を調査したのだろうか。
「まずこれを読んでみよう」
ヘスペロスはアリシアに手に持った本を見せると、自分のデスクに戻り、その不思議なタイトルの本の表紙を開いた。
【1】Friedrich Dannemann,Die Naturwissenschaften in ihrer Entwicklung und ihrem Zusammenhange,2 Auflage, Leipzig, (1920-1923) (フリードリヒ・ダンネマン 安田徳太郎 (訳) (1978). ダンネマン 大自然科学史 三省堂)